園長室のまんじゅう
私が超絶キューティだった幼い頃に通っていた保育所での帰宅時。
とても寒く、外は雪が降っていたと思う。
いつものように母親が迎えに来て、いつものように帰宅。
のはずが、たいていは、すぐに玄関を出るのではなく、園長室で母親と園長が話しこむのがお決まりのパターンという、おぼろげな記憶がある。
今思うと、お決まりというほど頻繁ではなかったかもしれない。
たとえば、一定間隔で行う三者面談のようなもので、家庭状況や園内での素行などを共有する場だったのかもしれない。
でも、私の記憶では、しょっちゅう2人が友人同士のように楽しく雑談していたような覚えがある。
そのとき、私は2人の会話をただ聞いているだけ。
どんな内容だったかなんて、さすがに覚えていない。
さほど広くもない薄暗い部屋で、机の上の電気スタンドだけが付いている中で2人が話している。
まるで楳図かずおの世界だ。
妙に周りが薄暗い世界。
これが、いつも私が思い出す園長室のイメージ。
実際は、いつもよりちょっと早めに日が暮れる真冬の夕方だったからであろう。
でも、私はその薄暗い世界が好きだった。
この2人が話している空間で、常に私の興味を引くものが存在し続けた。
まんじゅうだ。
漢字で書いてみよう・・・。
饅頭だ。
・・・・・・。
どうやらまんじゅうのほうがしっくりくるようだ。
園長のおやつなのだろう。
常に、そう、常にだ。
まんじゅうは机の上に乗っていた。
ひとつだけ・・・。
別にふだん、おかしを食べさせてもらえなかったとか、食べたいおかしを買ってもらえなかったとか、甘いもの禁止、というわけではなかった。
まんじゅうが食べたいと言えば、帰り道にでも買ってもらえただろう。
だが、そのまんじゅうはなにかが違った。
なぜ・・・、ひとつだけ・・・、常に・・・、そこに佇んでいるのか。
薄暗い部屋の中、まんじゅうだけに色が付いている。
本当にそう見えたのだ。
色のない世界で唯一自分を主張することができる存在。
自分はどんな場所でも輝くことができる、そう言っていた。
会うたびに私の心は弾んだ。
私のまんじゅうに対する興味は上限知らず。
何度対面しても、私の好奇心が引くことはなかった。
隙あらば、前へ、前へ出てこようとするそれを、子どもながら、理性で必死になだめた。
そして幾日か過ぎたある日のこと。
この日はいつもとなにかが違った。
私の中で新しいなにかが芽生えようとしていたのだ。
いつものように、いつもの場所で2人の会話が始まった。
このとき、私の体は考えるより先に動き出し、おもむろに伸ばした手は、指先でがっしりとまんじゅうを捉えていた。
「っ!!」
母親が私の行動に気づく。
だが、ムリに引きはがそうとはしない。
私のまんじゅうに対するアツい思いに気づき、察したのだろう。
そして、園長が言の葉を発する。
「あら、食べる? 持って帰りなさい。」
・・・・・・。
感無量とはこのことである。
言葉にできない気持ちというのは真に存在する。
その持ち主である園長から解放のお達しが出たのだ。
どうしてもっと早く迎えに行ってあげなかったんだろう。
いや、時間をかけ、ゆっくりアプローチしたからこそ功を奏したのか。
だが、なによりも絶大なのは、あとは当人同士の問題だからと見事に主導権を明け渡してくれた園長の心意気。
私はそれを優しく上着のポケットに匿った。
それをきっかけに2人の会話は終了、帰路へ着く。
帰りしなに食べたまんじゅうは、今まで食べたどのお菓子と比べても格別でおいしゅうございました。
ちなみに筆者はこしあん派です。
とても寒く、外は雪が降っていたと思う。
いつものように母親が迎えに来て、いつものように帰宅。
のはずが、たいていは、すぐに玄関を出るのではなく、園長室で母親と園長が話しこむのがお決まりのパターンという、おぼろげな記憶がある。
今思うと、お決まりというほど頻繁ではなかったかもしれない。
たとえば、一定間隔で行う三者面談のようなもので、家庭状況や園内での素行などを共有する場だったのかもしれない。
でも、私の記憶では、しょっちゅう2人が友人同士のように楽しく雑談していたような覚えがある。
そのとき、私は2人の会話をただ聞いているだけ。
どんな内容だったかなんて、さすがに覚えていない。
さほど広くもない薄暗い部屋で、机の上の電気スタンドだけが付いている中で2人が話している。
まるで楳図かずおの世界だ。
妙に周りが薄暗い世界。
これが、いつも私が思い出す園長室のイメージ。
実際は、いつもよりちょっと早めに日が暮れる真冬の夕方だったからであろう。
でも、私はその薄暗い世界が好きだった。
この2人が話している空間で、常に私の興味を引くものが存在し続けた。
まんじゅうだ。
漢字で書いてみよう・・・。
饅頭だ。
・・・・・・。
どうやらまんじゅうのほうがしっくりくるようだ。
園長のおやつなのだろう。
常に、そう、常にだ。
まんじゅうは机の上に乗っていた。
ひとつだけ・・・。
別にふだん、おかしを食べさせてもらえなかったとか、食べたいおかしを買ってもらえなかったとか、甘いもの禁止、というわけではなかった。
まんじゅうが食べたいと言えば、帰り道にでも買ってもらえただろう。
だが、そのまんじゅうはなにかが違った。
なぜ・・・、ひとつだけ・・・、常に・・・、そこに佇んでいるのか。
薄暗い部屋の中、まんじゅうだけに色が付いている。
本当にそう見えたのだ。
色のない世界で唯一自分を主張することができる存在。
自分はどんな場所でも輝くことができる、そう言っていた。
会うたびに私の心は弾んだ。
私のまんじゅうに対する興味は上限知らず。
何度対面しても、私の好奇心が引くことはなかった。
隙あらば、前へ、前へ出てこようとするそれを、子どもながら、理性で必死になだめた。
そして幾日か過ぎたある日のこと。
この日はいつもとなにかが違った。
私の中で新しいなにかが芽生えようとしていたのだ。
いつものように、いつもの場所で2人の会話が始まった。
このとき、私の体は考えるより先に動き出し、おもむろに伸ばした手は、指先でがっしりとまんじゅうを捉えていた。
「っ!!」
母親が私の行動に気づく。
だが、ムリに引きはがそうとはしない。
私のまんじゅうに対するアツい思いに気づき、察したのだろう。
そして、園長が言の葉を発する。
「あら、食べる? 持って帰りなさい。」
・・・・・・。
感無量とはこのことである。
言葉にできない気持ちというのは真に存在する。
その持ち主である園長から解放のお達しが出たのだ。
どうしてもっと早く迎えに行ってあげなかったんだろう。
いや、時間をかけ、ゆっくりアプローチしたからこそ功を奏したのか。
だが、なによりも絶大なのは、あとは当人同士の問題だからと見事に主導権を明け渡してくれた園長の心意気。
私はそれを優しく上着のポケットに匿った。
それをきっかけに2人の会話は終了、帰路へ着く。
帰りしなに食べたまんじゅうは、今まで食べたどのお菓子と比べても格別でおいしゅうございました。
ちなみに筆者はこしあん派です。